フィルム写真と旅する

地方に暮らす写真好きの日常

夕暮れの時間、休日の終わる前

f:id:andtr:20161219103050j:plain

夕暮れの時間にカメラを持って、休日の終わる前を写真に残そう。

夜になる前の光を写真に残すことで、休日の楽しい気持ちを閉じ込めておこう。

夕暮れの時間

日曜の朝早くに目が覚めて、部屋の掃除や洗濯をして買い物に行って車を洗って、昼ごはんを食べてぼんやりと過ごす。

ソファで横になっていると、そう言えば今日は家のこと以外何にもしてないやとなる。

休みの度に写真を撮る決まりは無いけど、何か物足りない。そういう休日もあっていいかと息を吐いても何かしたい。

このまま何もしないと夕方頃に部屋の中をひとりウロウロしてしまいそうだ。などと考えながらやっぱりゴロゴロしている。

窓の外を見ると、雲ひとつ無い空があって、風の音が聞こえてこない。今日はもしかしたらいい日なのかもしれない。

何がいいって、光がいい。

太陽からの真っ直ぐな光が街を、森を、海を照らす。風も無いので空気の流れもゆっくりになる。こういう日は夕暮れのいい光が撮れるのだ。

休日の終わる前

いつも撮影をお願いしている被写体さんに連絡を取る。

被「うーん」「まかないは出ますか?」
僕「まかないは出ます」
被「じゃあ、いいよ」

ここで言うまかないとはスイーツ的な食べ物のことだ。

白のTシャツにスカート姿の被写体さんを車に乗せて、夕暮れの時間を狙って車を走らせる。

休日の夕暮れの時間は、多くの人にとって特別な時間となる。明日からまた仕事の一週間が始まる。その前の時間だからだ。

笑点、ちびまるこちゃん、サザエさんの時間帯。笑顔でいられる最後のひととき。暗くなっていく空と、海に映る太陽の光。

この時間がずっと続くといい。明日なんて来なくていい。そう考えながらシャッターを切っていた。

学校を卒業して、就職して仕事を始めて、気づけば夜には明日の仕事の準備をするようになっていた。自然と頭の隅に明日のことがあって、体を休めたり、心を休めたりするようになっていた。

夕暮れの後にはご飯を食べて、テレビをぼんやりと眺めたり、お風呂に入ってゆっくりと過ごす。それは必要な時間だった。空白の時間でもあった。

f:id:andtr:20170523225655j:plain

心が自由だった頃

沈んでいく太陽と、暗くなっていく夕暮れの空がファインダーの中に映る。

まだ帰りたくないと思う。もう家に帰ってきなさいと時間が呼んでも、心はまだ夕暮れの時間の中にいる。

子供の頃、太陽が沈む前、家に帰る前にはしゃいで遊んだ記憶が蘇る。

夕暮れの時間も、夜の時間も、明日の朝になっても学校のことなんて考えなかった。授業中も、学校に居ながらも学校のことなんて考えなかった。

心が自由だった頃の記憶は、大人になった後も夕暮れの時間の中に閉じ込められている。気持ちが縛られる必要も決まりも、本当はひとつも無い。

その日の夕暮れは、太陽の沈んだ後の空をいつまでも眺め続けていた。