読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

フィルム写真と旅する

地方に暮らす写真好きの日常

光の差す場所、エアーポケット

f:id:andtr:20161219103539j:plain

カメラを持って歩いていると、偶然光の差す場所に出会うことがある。光と影がいい具合に混ざり合ってそこにある。思わず撮りたくなるその場所を「エアーポケット」と呼んでいる。

立ち止まって、離れた場所からよく観察する。ぽっかりとスペースの出来たその場所は、光の入り具合が絶妙だ。いい影も出来ている。

光の場所は偶然に

自然と光の組み合わせで、偶然生まれたエアーポケットは、季節が変わると消えてしまう。だから見つけた時には関心して、いつも長居をしてしまう。カメラを肩から下げて、同じ場所でウロウロしていると、散歩をしている人が通り過ぎていく。
何もなく通り過ぎる人は、この場所の良さに気づいていないのだ。

f:id:andtr:20161219103550j:plain

街の中のエアーポケット

街の真ん中にも、フッと光の差す場所が現れる。建物と建物の間。商店街の店と店の間。みっちりと埋まった場所の隙間。何年か前、何ヶ月か前は、ここにも店があったのかもしれない。家があったのかもしれない。人が生活したり商売を営んでいたのかもしれない。

今は空き地になっている。この後は駐車場にでもなるのだろうか。ぽっかりと出来たそのスペースは、街の空白の場所だ。僕はそんな場所に心を奪われる。見つけると気になって撮ってしまう。

心に余白を

それは、僕達の心の中にも同じような場所があるからだ。この先何でも入れられるけど、長い間何も入れてない空白の場所。何も入れず、詰め込まず、空白のまま。ただ時々、光の差すのを楽しみに見ているのだ。

子供の頃に比べて、街の中には空白の場所が減ってきたように思う。あの頃は何もない空き地で、僕達は何をして遊ぼうか考えていた。何もない場所から想像が生まれた。

空白の場所は無駄ではない、必要なスペースだった。

光の差す場所が、まずは人の心の中に出来るといい。
街の中にもう一度エアーポケットが生まれると、もっといい。