フィルム写真と旅する

地方に暮らす写真好きの日常

フィルム写真を撮る事が、当たり前の世界になるといい

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フィルム写真を撮る事が、当たり前の世界になるといい。今よりももっと。

デジタルカメラの出てくる前、フィルムを使って写真を撮っていた時代があって、今はTwitterやInstagramのおかげで日々たくさんの写真を目にしています。

デジタル一眼で写真を始める人が増えるように、次はフィルムで写真を撮ってみたい、フィルムで撮られた写真をもっと見たい、という流れが今後も続くといいなと願っています。

思い出を写真に残そう

ひと夏の冒険も、寒い冬の風景も、誰かと一緒だった月日も、ひとりで過ごした一日も、今日から明日へ、現在から未来へと流れていく時間の中で、写真に残した思い出は過ぎていった日々の情景を憶えています。

写真は人の気持ちを過去へ連れていってくれる。ファインダーを覗いてピントを合わせてシャッターを切る。その一瞬に閉じ込めた時間を、ネガが存在している限り永遠に記録しています。

何気なく手に取った昔の写真の中に、もう会えなくなった人や過去に置いてきた気持ちが収められています。写真を眺めて昔の気持ちを思い出す時、体は現在にあるまま、心は過去へと旅をするのです。

フィルムは情景を焼き付ける

季節の変わり目に吹いていた風を、海辺に流れていた風の感触を今でも覚えています。

被写体さんと交わした言葉を、その時お互いの間にあった心地良いやり取りを心は覚えています。

フィルムに残した情景を、シャッターを切った瞬間の心の機微を、月日が経った後も写真は覚えています。

何十年の時が過ぎても、写真を見ればいつだって昔に戻ることが出来ます。挫けそうになったり、思うようにいかない事が増えても、写真を見れば物事を始めた頃の新鮮な気持ちに戻ることだって出来るのです。

年齢を重ねて良いことも悪いことも忘れていく中で、写真だけは最初の気持ちを真新しいままに記録しています。

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年月を超える写真

フィルム写真は年を取りません。センサーの進化と共に画素が増えていくデジタルカメラとは違って、フィルム写真は撮った瞬間から全てをその薄い膜に写し込んでいます。

1本の35mmフィルムにつき24〜36枚。フィルム写真は撮れる枚数に限りがあります。

フィルムで撮った写真を眺めていると、写真を撮った日の気温の暖かさや冷たさ、その瞬間どんな気持ちでシャッターを切ったのか、一緒にいた被写体さんとのやり取りを、まるで昨日の事のように思い出す時があります。

100%感覚の話ですが、フィルム写真には人の気持ちや情景までを写し込むような手触り感があるように思います。

フィルムカメラはタイムマシン

地方や田舎の古さの残る街には、同じように古いカメラと単焦点レンズがよく合います。

くたびれた家が取り壊され、真新しいマンションへと変わっていく中で、まだ昔を残す建物が幾つも残っていたり、公共の施設は何十年の歴史を保ったまま同じ場所に建っています。

僕の使っているカメラは、昭和の終わる10年ほど前に作られたカメラです。

昔のカメラは、この国とこの街に何十年も暮らしてきた人々と同じ目を持っています。もしかしたら同じ街をずっと見てきたように、写真に残せるかもしれない。初めて見る風景も、このカメラなら撮り慣れたように写してくれるかもしれない。

そんな想像をしながら撮影を楽しめる所も、フィルムカメラを使い続ける理由のひとつなのです。