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フィルム写真と旅する

地方に暮らす写真好きの日常

集まらなくなった僕達

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メールでいつでも連絡が取れて、SNSでどこで何をやっているか、何を考えて日々を生きているか伝わってしまう時代。僕達はひとつの場所に集まらなくなった。

Twitterを、Facebookを、Instagramを覗けば、友人知人そのまた知人が何かを書いて残している。いつでも連絡が取れるから、特別言いたいことも無くなってしまう。会いたいと思う前に間接的に会えてしまう。話したいと思う前にボタンひとつで伝わってしまう。

ひと昔前のフィクションの中では、ミサイルを発射する時のボタンはひとつでした。軍服を着た偉い人のひとことで世界は吹き飛び、直接上陸しなくても指先ひとつで力を示せる時代でした。

今はボタンひとつで言葉やコメントが飛ばせてしまいます。会わないでいい用事で会う必要は無くなり、会わなくてはならない用事でも会う必要が無くなりました。力は誇示できないけど、意味は充分に伝わる。直接会いに行く時は、自分が行きたくなった時。行かねばならぬ時。関係を行動で示したい時。意志をはっきりと伝えたい時。義理と人情を通したい時などです。

まるでミサイルのように意志が飛び交っているのをこの目で見て、何かの終わりを感じます。直接会うと楽しいことも嫌なこともあるけど、会わずにメールやSNSだけでも楽しいし傷つく。「無い」「足りない」ということは少なくなってきました。

深く潜るのを止めた魚は、浅い海で餌に釣られてしまいます。深海魚が群れを成すのかは分からないけど、夜の深い時間や、昼でも暗い場所にごそごそと集まって、アナログな試みを楽しみたい。僕達はもう一度どこかへ集まる必要があるのです。