フィルム写真と旅する

地方に暮らす写真好きの日常

同じ作品を繰り返し、何度も味わう

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同じ作品を繰り返し何度も味わう。人の意識は思い出で出来ている。

20年、30年、60年。それぞれの生きた時間の中で見てきたもの、出会った人、感じた気持ち、忘れられない記憶の集まりで出来ている。

生きた証を残す

思い出が残っていないと、生きてきた証が無くなってしまう。生きてきた証が無いということは、自分自身を認識できないのと同じである。

だから人は生きた証を残そうとする。自分の歩んできた足跡を確認するように。子供、仲間、家や組織、様々な表現で見てきたものや経験したことを次の世代に残そうとする。

子供や部下に教えを伝える人もいれば、映画や音楽、絵画や本に変えて残す人もいる。

例えば映画では、ひとつの作品に関わった人々が見てきた風景、聴いてきた音楽、出会ってきたもの、育った環境、交わした言葉、人生観が2,3時間の世界の中に凝縮され詰め込まれている。

だから映画を見る時間は、関わった人々の様々な感性に触れる時間でもある。

繰り返し作品に触れる

音楽や絵画、小説も同じ。作り手が人生をかけて生み出した、大切な子供のようなものだ。音楽を初めて聴く時は作り手の表面に触れて、何度も同じ曲を聴き返していく内に深い場所へ意識が届くようになる。

曲を聴き込むということは、作り手作品に含ませた様々な場所へ意識を巡らせるということだ。

繰り返し作品に触れることで新しい発見がある。詳しくはっきりと形で示されていなくても、何度も見て咀嚼するように考えたり、感じ取っていく内に疑問やひっかかりが解決されていく。

初めて見た時はよく分からないまま、感想を持っておきたいけど言葉にならなくて、ひっかかりが気になって2度、3度と見るのを繰り返す。

繰り返していく内にああそうだったのかとなり、詰め込まれたシーンのひとつひとつの意味が分かってくる。勿論、何度見てもぼんやりとしたイメージだけが残って、こうなんじゃないかという感想まで辿り着くのに時間のかかる作品もある。

心の満たされる時間

うまく言葉に出来なくて、でも気になって、触れている時間は心地よくて、見た後は少し疲れるけど心は満たされている。

触れた後はいい時間を過ごしたと思える。心地いい時間と後味を楽しみたくて、繰り返し何度も触れる。そういう作品が好きです。

作品が世に出て、時間が経って初めて多くの人に評価される、時代が変わっても伝え続けられる作品に触れていると、今自分が考えている事と、次にやりたい事、やるべき事が見えてくる。

何度も味わう楽しみ

推敲を重ねて、どういう表現で伝えるのか何度も練られて作り込まれた作品は、繰り返しの鑑賞と時代の変化に耐えられる作品になる。

創造したものを長年世に出し続けている作家には、その人独自のこれまでとこれから、そして今の時代の見え方があるのだろう。

一方通行だった消費の時代は、もう随分前に終わっている。

同じ作品を何度も味わう楽しみが、もっと広がればいいなあ。