フィルム写真と旅する

地方に暮らす写真好きの日常

寂れた街から人は消えていく

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寂れた街から人は消えていく。久しぶりに歩く街。以前訪れた時にはまだ開いていた店も、今はもうシャッターが閉まっている。

フィルム写真と相性の良かった古い建物は、今ではコインパーキングや更地に変わってしまっている。

人の消える街

高齢化が進み、若い人は都会へと出て行く。高校生は自転車でどこかへ急いでいる。
車はまばらに道路を走っている。
その昔、まだまだ活気のあった商店街は、今では寂しい風が吹いている。

一人また一人。一軒また一軒と数は減っていく。
街を行く人の数が減って、お客さんがいなくなって、店や会社が無くなっていく。
動く人が居なくなって、真ん中の無い街が出来上がる。
人が消え、建物が消えて、やがては言葉と文化も消えてしまう。

人のいなくなった街からは、生きている匂いがしなくなる。
人の手の入らなくなった家は朽ちていく。人の匂いのしなくなった建物の群れが、墓石のように並んでいる。
墓石は風に吹きさらされて、幽霊すらも居着かない。

人の住まなくなった空き家には猫が住むようになり、人のいなくなった街には野犬がうろつくようになる。

地続きの孤島

故郷に帰る度、街が寂しくなっていくように感じる。
利用する人が年々減っていくから、コンビニもスーパーもいつまであるか分からない。
近い将来、まだ街に残っている人のために、無人のコンビニが必要になるかもしれない。

ドラッグストアの店内では最新のJ-POPが鳴り響く。
そもそも誰が聴いているのだろう。一体どこで流行っているのだろう。

そんな街で、何とか今日も生きている。
テレビで流れている番組も、ネットで目にする情報も、この街とは関係の無い世界の出来事に思える。
地続きなのに、孤島みたいだ。

どこかで起こっている現実を、平坦な電波に乗せて流している。
他人事のように耳にして、誰も聞いてはいない。
ここでは関係のない事だから。

過ぎていく時間

気がつけば外は夕暮れになっている。時間だけが今日も過ぎていく。
無くなっていく。消えていく。寂れていく街の空気に、なぜか居心地の良さを感じている。

消えていくのが心地良いなんて感覚は、ここでしか味わないものなのではないか。
時間が進むごとに、確実に無くなっていく。消えていく場所の最先端なのではないか。
あるいは末端か。

人が減り、静かになっていく街に朝が来る。光はどんな場所にも同じように差し込む。
都会で働く人の詰め込まれた高層ビルの中にも、人の居なくなった空き家の中にも。

末端から失われていく

やがて街は透明になっていく。早朝には深い霧が街を覆うようになる。
どこかから悲鳴が聞こえても、何匹もの野犬の吠える声が聞こえても、何も感じなくなる。

思えばずっと前から助けを呼ぶ声に気づいていたのだ。
気づいていながら、見ないふりをしてきたのだ。

寂れた街から人は消えていく。
冬になると指先が冷たくなって動かなくなるように、やがて皮膚がぼろぼろと剥がれ落ちていくように、末端から失われていく。

お題「好きな街」