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フィルム写真と旅する

地方に暮らす写真好きの日常

日が長くなってきた。鞄にカメラを入れて街へ出よう。

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夕暮れの午後5時を過ぎて6時になっても、西の空がほんの少し明るい。
太陽の沈んだ後の空は、まだ夜を呼ばずに僕達が街へ出るのを待っているようでした。

一日が長くなると、夕暮れ時には仕事をしていても外へ出て、辺りを散歩したくなります。
休日には車で移動するのではなく、西の空の明かりを眺めながら自転車で街を走りたくなります。
冬の季節は、まだ眠ったままの早朝の街を歩くのが気持ち良くて、春や夏には夕暮れの時間の光が心地良くなります。

家へ帰っていく人達、混んでいてなかなか動かない車の群れ。
友達と遊んで別れていく子供達。
平日が終わらない大人達。
休日の終わって欲しくない大人達。

カメラバッグに一眼レフを入れて持ち歩くのもいいけど、仕事に行ったりしているとなかなか大変だから、いつもの鞄に小さなカメラを入れて街を歩こう。
フィルムに一日の終わりの光を焼き付けよう。身軽なのがいい。
ひとりでもいい。誰かと一緒だと夕暮れもドラマになる。

夕暮れが綺麗だから、今から一緒に街へ出て写真を撮ろう。
そう言って誘える相手がいるといいですね。

街を流れる川の側で光を眺めよう。風になびく服の裾も、金色に輝く長い髪も、いま心の中にある気持ちも、全てレンズに収めたくなります。

西の空に沈んでいく太陽と、少しずつ夜がやってくる空を、人はそれぞれどんな場所から、どんな気持ちで眺めているのでしょうか。

家の台所の窓から、会社のブラインド越しから、進まない車の窓から。
学校の廊下から、教室のカーテンの向こうから、歩道橋の真ん中から。

一日の終わりに何かを感じながら空を眺めるのは、実家の仏壇の前で、お盆のお墓詣りに、初詣の際に手を合わせるような、それぞれの想いが空に浮かんで流れていくような、そういう願い事と似ているような気がするのです。

形なく霧散していくそれぞれの願い。
夕暮れを写真に撮ると、どこかに誰かの浮かべた気持ちが写っているのかもしれません。