フィルム写真と旅する

地方に暮らす写真好きの旅と日常

夢を現実にする。幻想の世界へ旅に出よう。

f:id:andtr:20170621215459j:plain

夢を現実にする。幻想の世界へ旅に出よう。

子供の頃、映画の物語の中に入ってみたいと思っていました。画面に映る風景の中に入って、登場人物達と会話をして、旅の仲間として一緒に物語を進めていけたら楽しいだろうな。学校の帰り道、好きな映画の中に自分がいる空想をしていました。

物語の中で生きてみたいという願いは大人になっても持ったまま、ひとつ変わったのは「自分自身の作った物語の中で生きることも出来るのではないか」ということでした。

夢を現実にする

誰かの作った、予め始まりと終わりの決められた一本道ではなく、自分自身が一歩、また一歩を踏み出しながら手探りで、何も決められていない物語の中を進んでいく。

今まで誰も通ったことがないから、道の先を教えてくれる人は誰もいないし、その道を通るのは一生の中で自分一人だけかもしれない。

何の保証もない道を歩いていく。明かりの無い、道標の無い代わりに自由がありました。選択も決断も全て自分に降りかかってくる自由でした。

写真を撮ってブログを書いていたある日、いつか歩きたいと思っていた道の上を、自分で選んで歩いていることに気づきました。

始まりは曖昧で、このままだと終わりも曖昧なのかもしれない。子供の頃から入ってみたいと夢見ていた幻想の世界への道を、いつの間にか進んでいたのです。

f:id:andtr:20170621220624j:plain

幻想の世界を旅する

幻想の世界は、現実からは随分と離れた場所にありました。現実では良いとされていることが幻想の世界では価値が無かったり、現実では許されないことが当たり前に許容されたりするのでした。

現実の物差しをそのまま持って行っては、幻想の世界の扉を開けることも、中に入って進んでいくことも出来なかったでしょう。

さあ次はどこへ行こう。その次の世界が待っていました。カメラを持って、見たことのない世界を冒険する。たった一人で、時には誰かとパーティを組んで。何が起こるか分からなくて、次にどの場所へ辿り着くのかもわからない。

冒険を終えても形になるものは何ひとつ残らなくて、手元に残るのは写真に撮った情景だけ。幻想の世界を冒険したという一枚一枚の写真だけ。写真となって残した思い出が宝となるなら、それ以上の宝物は見当たらないのでした。

伝えたくなる光の風景

物語を進めていく楽しみは、ひとつの冒険が終わった後、その内容を誰かに伝えたくなること。伝えたくなる思い出が残っていること。

朝起きた後に見た光も、森の緑の中に差し込んできた光も、一日の終わりを告げる夕暮れの光も、心を動かされる冒険の末に見ることで、とても特別なものとしてこの目に、カメラのレンズに映ります。

フィルムを十分に鞄に詰めて、扉を開けて、最初の一歩を踏み出しました。はじめに訪れる場所は森の中、街の中心、世界の端っこ。記憶に残る光があれば、どこだって素敵な風景になるのです。