フィルム写真と旅する

地方に暮らす写真好きの日常

休日にカメラを持って散歩する以上の喜びを、僕は知らない

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休日にカメラを持って散歩する以上の喜びを、僕は知らない。今のところ生きている中で一番の楽しみです。

あちら側の世界を通して写真を撮る

以前、幻想の世界へ旅へ出ようという内容の記事を書いたのだけど、幻想の世界というのは「あちら側の世界」と言い換えることが出来ます。 

「あちら側の世界」というのは何かと言うと、今目に見えているものだけではなく、目に見えるものを通して感じられる「イメージの世界」の事です。

私たちはいつも目で見たものを写真に撮っているのだけど、幻想の世界、つまりイメージの世界のフィルターを通して見ると、この世のものをこの世のものではないように写し取ることが出来るのです。

では、あちら側の世界、イメージの世界というのはどこにあるのかと言うと、私たちの頭の中にあります。目で見たものにカメラを向けて撮影ボタンを押すと、それは「目で見たものを写した写真」というだけのものになってしまいます。

ここで言う写真を撮るというのは、目で見たものを一度「あちら側の世界」「イメージの世界」を通してもう一度よく見て、ファインダーに捉えてシャッターを切るという事。自分のフィルターを通して見たものを写真に残すという事なのです。

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イメージのフィルターを通すことで、個性を持った写真が生まれる

写真を撮っている私達それぞれが、個人の頭の中にあるフィルターを通す事で、それぞれの人の撮った一枚一枚の写真が全て個性を持ったものになります。

目で見たものを綺麗に撮っただけでは、皆同じ写真になってしまいます。同じカメラ、同じレンズ、同じフィルム、デジタルであれば同じメーカー、同じ撮像素子を使って同じ条件でシャッターを切れば、誰が撮っても同じような写真に仕上がるでしょう。

折角外に出て写真を撮るのだから、誰にも撮れない、その時の自分にしか撮れない写真を残したい。その為に一度自分の中にあるイメージのフィルターを通して写真を撮るのです。

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散歩をして、世界のひずみを見つける

カメラを持って散歩をするという事は、何か面白いものを見つけて写真を撮ろうという意識を持って外を歩いている訳です。

街や森の中を歩いて、いいなと思ったものを写すのが最初の段階。そうして散歩を繰り返していると同じものをよく撮るようになって、仕上がった写真も似たようなものが増えてきます。

同じような写真が増えてきたなと感じた時が、次の段階に進むタイミングです。

今までは撮らなかった、街で目にしてもいいと思えなかったものを撮ってみよう。カメラを向けてこなかったけど、自分の感性に少しでも引っ掛かるものを撮ってみよう。その面白さを知ると、写真の楽しみ方の段階がひとつ上がります。

時には目を背けたくなるような光景も、もしかしたら後で写真を見返した時、感性のフィルターに引っ掛かる時が来るかもしれません。

気持ちの良いものだけじゃない「ひずみ」を魅力的に写せるようになった時、それがあなただけの写真の味となるのです。

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写真は心で撮る、撮るものが無くなってからが本当の楽しみ

写真は心で撮るものです。荒削りでも自分の頭の中のフィルターを通して、勢いのままにシャッターを切った写真に、見る人の心は動かされます。

沢山写真を撮って、もう撮るものが無くなった時、もうしばらく写真はいいやなんて思えた後に、本当の楽しみが待っています。

好きな写真を沢山撮って、力を出し切って、感性が空っぽになった後、何を選んでまた撮り始めるかという所に次の面白さがあるのです。