フィルム写真と旅する

地方に暮らす写真好きの日常

どこにもあるもの、ここにしかないもの

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今住んでいる場所から作るもの。誰かと一緒に作るもの。ひとりでも出来ること。どこに居ても作り出せるもの。その場所だから出来ること。創作活動と地域の関係性について考えています。

毎日暮らしている場所から、自分と自分の周りにいる人達に向けた創作活動。いつか遠くに住む人々に届けたくて、まず自分自身と周りに伝えるための創作活動。まだ見ぬ人達や未来に向けた創作活動。ひとつの場所から何かを作り出すということは、常に自分と周りとの距離を測りながら、いつ、誰に向けて作ったものを放つのかという姿勢がポイントとなってきます。

ある地域の特性を活かして、同じ地域に住む人に向けて作り出されたものと、その地域のことを何も知らない人に向けて作り出されたものでは表面を構成する形もその中身も、どんなものかを伝える方法は幾つもあって、どこへ向けて届けたいかによってその方法は幾らでも変わってくる筈なのです。

例えば音楽は、地方に住んでいた人が上京して東京で暮らし、東京で仲間を集めてひとつひとつの曲を作り、各地方へのライブ活動やWeb・テレビ等のメディアを通じてどこへ住む人にも自分達の楽曲を届けることが出来ます。東京へ行かなくても、生まれた土地や住んでいる場所から身近な人や遠くに住む人に向けて音を届けることだって出来るかもしれません。

音楽に関して言えば、最初から身近な人にも遠くに住む人にも届けられるように作られているものだと思うのです。Webと人の耳があれば誰でも好きな曲を聴いて楽しむことの出来る時代だから。曲を作る側も初めからどこへ、誰に向けて自分達の曲を届けたいか想像したり、時には限定したりしながらどういう曲にしようかイメージして作る...というのもひとつの方法だと思うのです(全部想像ですが...)

その上でおそらく、東京に暮らす人が周りの仲間と一緒に作る曲と、別の地方に暮らす人が作る曲とでは、鳴らす音が違ってくる筈なのです。東京に住む人が世界に向けて作った音楽と、海外に住む人が外から日本を見ながら作った音楽、ある地方に住む人が同じ地方に住む人に向けて作った音楽とでは、三者三様にそれぞれ全く違った音を響かせるのではないかと思うのです。 

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地域から作り出されたものには、その地域ならではの独特な味が込められています。その味は同じ地域の人向けの味かもしれないし、日本以外の国の人が味わっても美味しいと感じるかもしれません。とても食べられるものだとは思ってもらえない可能性だってあります。

音楽の話だけではなく、写真も映像も、絵画だって食べ物だって、人の手によって作られるものは全てに同じことが言えます。初めから万人に受ける味のものは作れないかもしれません。

では最初はどこへ向けて、どこを目指してものを作るのでしょう。同じ地域の人を喜ばせる為に撮った写真は、他の地域の人が見た時にどのように感じられるのでしょう。まず自分を納得させる為に始めた創作は、いつの間にか周囲の人々を巻き込んだもの作りに発展するかもしれません。初めから終わりまで一人のまま終わるかもしれません。

内側だけではなく外側を意識して、より遠くの人々の元に届くものを。今暮らしているこの場所から。ここにしかないもの、ここだから鳴らすことの出来る音を響かせながら。

これからの時代の創作の鍵は、内側から外に意識を向けた真ん中の接続点。その部分にあるのではないでしょうか。

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