フィルム写真と旅する

地方に暮らす写真好きの旅と日常

人のいない街を探索する

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旅行などで初めて訪れる街へ行くと、気の向くままに探索を始めます。

なぜか人のいない方を嗅ぎ分けて、メインの本通りよりも裏道を歩きます。ここへ行きたいという目的地や旅行先で何をするという内容は決めてなくて、ただ面白そうな脇道を見つける、人のいない写真映えする街を見つけるのが趣味となっています。

人のいない街を探索する

訪れた街で、フィルムを入れたカメラを持って、ひたすら歩きます。本当にただ歩いて、街の風景を見て回るだけです。今も人が行き来する商店街の一角、昔は人で賑わっていた街の通り、人のいない置き去りの街。

どの街にも、人が沢山いる場所と、人が全然いない場所があります。賑わいのある街より、しん…と静かになった街がこれからも地方に増えていく。沢山のものや人で満たされる時代は終わり、これからは寂しさの中に生きる意味を見出す時代になっていきます。

時代と時代の間にある「今」を写真に撮って残したい。とはいえ普段から強く意識しては無くて、趣味として人のいない街を訪れて写真を撮ることが、結果として時代の風景を残すことに繋がっています。

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置き去りの場所は、それだけで美しい

賑わいのある街や人気のスポットは、いつも掃除やメンテナンスがされてあって、細かい配慮が行き届いています。そうした配慮が美しい街の景観になっていくのだけど、人の手が入らないまま何年も経って、風化して朽ち果てていく街の一角にも、配慮が行き届いた美しさとは別の趣があります。

自然に侵食されながら、自然と共に年をとっていく。人が集まらなくなって、賑わいはいつの間にか消えてしまったけど、味わいのある年のとり方がある。皺や体型の変化も愛せるようになっていくように。

置き去りの街は、孤独になって寂しくなっても、かつてそこにあった賑わいから形を変えて、廃れていく美しさを放つようになる。静かに、たった一人でも。

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人のいない街が、価値を持つようになる

人のいない街は、これからもどんどん増えていきます。数年前に訪れた時にはまだ元気が残っていた街も、再び訪れた時には寂しく様変わりしている事があります。若い男女や家族連れの姿は消えて、おじいさんおばあさんの姿が目立つようになり、やがて人の流れは止まります。

でも、人のいなくなった寂しい街は、これからは別の価値を持つようになると思うのです。地方に観光に訪れてお金を落とすのとはまた別の、朽ち果て消えていく場所への、経験したことのない別の何か。

人が増えてお金が集まり、膨らんでいく都市より、寂れていく地方の街に魅力を感じるようになる。生きる力に溢れたものに惹かれる人もいれば、消えていくものに儚さや美しさを感じる人もいる。

人のいない街は、フィルムとの相性がとてもいいのです。僕は写真で消え行くものを追いかけていきます。