フィルム写真と旅する

地方に暮らす写真好きの日常

仕事に疲れた時は、森の緑を見に行こう

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仕事に疲れた時は、森の緑を見に行こう。自然に触れる機会を作ろう。休日は新鮮な空気を吸い込んで、心も体もリフレッシュしませんか。

朝、コンクリートに囲まれた街で目が覚めて、1日の殆どを職場や自宅の室内で過ごしていると、体が自然を欲するようになります。草木の匂いや、微かな土の香りが恋しくなります。無意識に外へ出たくなります。

都会のコンクリートジャングルでは長く生きられません。森の緑に触れて、光を浴びていないと、体の中のセンサーがおかしくなってきます。異変に気づかない時もあるけど、休日の前の日に「明日は森へ写真でも撮りに行こう」と考える日は、体が自然を欲している証拠です。

森に差し込む朝の光

森に入る前、車を走らせたり、駅から歩いて目的の森が近づく頃から、太陽の光は木々の間からその姿を覗かせています。

春も秋も、日差しの強い夏も寒い冬も、太陽の光に当たっていたい時間があります。それは朝早くの、透明で真っ直ぐな日の光の差し込む頃。

目が覚めて、布団から出て歯を磨いて、テレビをつけて朝食を食べる頃。東の空から僕たちの真上へ太陽が移動を始める頃、透明な日の光が街に差し込み、同時に森の緑を照らします。

晴れた休日の朝早くに森へ行くと、生えている草木と一緒に光を浴びることが出来ます。自然の恵みは人への恵み。透明な光の写真を一枚撮った後は、満足するまで存分に森の中で日光浴をしましょう。

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土の匂いと草木の香り

土の匂いや草木の香りの混ざった空気を吸い込んでいると、呼吸が整って頭の中がクリアになります。

実際に森の樹木が発散する香りにはフィトンチッドという成分が含まれていて、人の気持ちを落ち着かせる作用があるようです。

子供の頃の土遊びや、山の中の川辺で遊んだ記憶が蘇ります。特に小学校の頃の夏休み、遊びの記憶はいつも自然と共にありました。

自然の中で遊んだ幼い頃の記憶が現在の私達の心を癒すなんて、子供時代には想像もしなかったなあ。

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自然の中で、変わっていくことを許される

体調を崩して前の職場を辞めた後、カメラを始めて最初の頃は、緑と光の写真を撮りたくて毎週のように山へ森へ行ってました。

今思うとあの頃は、いつも同じ作業内容を求められる日々を抜け出して、自然の緑と光に癒されたいという気持ちが強かったのかもしれません。

毎日のように夜遅くまで仕事をして、家に帰って数時間後にはまた朝が来て、昨日と同じ景色の中を通勤していました。

心身共に疲れの取れない毎日の中で、いつも見る景色や風までもが昨日と全く同じに感じるようになっていました。

本当は、いつもとは違う景色を見たかったのです。新鮮な風に吹かれて、森の中の空気と光を体いっぱいに取り込みたかったのです。

いつもと違うことをしたかった。自然の中に居ることで、一日の気温や光の移り変わりを感じて、自分の身体を休めて、心だって変化してもいいと思いたかったのです。

ずっと消耗したままだと、心は動くのを止めて固まってしまいます。動かなくなって張り詰めたままの糸は、ある日いっぺんに切れてしまいました。

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森の緑を眺めて

森の緑を眺めて、草木や土の匂いに触れて、身体を休めてもいい。風に揺れる木々の姿を見て心が動くのもいい。朝の光はやがて夕暮れの光に変わって、西の空に沈んでいく。

同じ場所でいつもと同じようにじっとしていなくていい。始まった季節が終わるように、一日の時間が流れていくように、全ては移り変わります。

森の緑を眺めて、光を充分に浴びて、風の音に耳をすませて、心の息継ぎをしてみませんか。

明日は今日とは違う自分。昨日までの はい が 今日は いいえ に変わってもいいと思えるように。