フィルム写真と旅する

地方に暮らす写真好きの日常

何もないから何かある

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朝起きて、仕事や学校に行って帰ってきて、晩ご飯を食べて寝るだけだと「何もないなあ」と思ってしまうし、映画にも音楽にも本にも写真にも触れないままだと「何もなかったなあ」と思ってしまいます。

やっぱり僕は人の作ったものに触れたいのです。あとはいい風景と光と、食べ物と水があるとよい。

ただ毎日を過ぎ行くままに生きて、そんな日がしばらく続くと、このまま何事もなく人生は終わるのかな…と思ってしまうけど、案外何もない日々は長く続かなくて、いつの間にか楽しみなことが生まれてわくわくする日が巡ってきます。

息を長く吸って、心と体にとってよいものを吸収した後、しばらく全力で動き続けられるように、楽しみのリズムは呼吸みたいに一定の時期で決められているのかもしれません。

吸収して、動いたあとは息を抜く日が続いて、そんな時は何もない、何も生み出してないし吸収もしていないと思いがちだけど、それはきっと次に繋ぐために必要な時間。大きくジャンプする前の力を溜めている時間なのです。

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今住んでいる地方にも、生まれ育った地方にも、ずっと真っ白で何もない土地だと思い続けていたけど、よく目を凝らせば小さなひとつひとつが見えてきました。

息を吐き続けている何もない時間、何もない場所に隠れていたものが見えてきました。

都市でも地方でも、人が暮らしている様々な場所では日々新しいものが生み出されていて、何でも揃っている便利な場所には、何もないのと同じだと感じていて、

どこか少し不便だったり、窮屈さや退屈さのある所から、次の本当の新しいものが生まれます。

それは今貴方が暮らしている場所の隣からかもしれないし、海を渡って海外からやって来るものかもしれません。

何もない日々から、新しい何かを発見したなら、掴みつつあるなら、そろそろ作って出したいですよね。