フィルム写真と旅する

地方に暮らす写真好きの旅と日常

一人ひとり異なる物語

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人は、一人ひとり異なる物語を持っている。人の数だけ人生があります。

当たり前だけど、本当のことです。そして他人の人生の全てを知ることは誰にも出来ません。目に見えているものと頭の中で考えていることをそのままコピーすることも、誰にも出来ません。

他人の人生を、他人の目にしている風景を覗くことは出来ます。写真に撮って、映像に残して、カメラのレンズを通して見たものを誰かに伝えることは出来ます。

現代を生きる僕たちは、毎日SNSやブログを通じて誰かの人生を覗くことが出来ます。写真や映像からその時々にあった気持ちや情景を想像して、驚くほど簡単に他人の人生の一辺を知れるようになりました。

遠くの人を身近に、近くの人を遠くに感じることにもなります。それは面白くて、刺激的で、時々少し怖くなります。誰かがアップロードしている人生の表面をなぞるnoは簡単なのに、その裏側にある深さを想像するのは、誰にだって可能なことじゃない。

風に揺れている波の表面を眺めて、本当の海の深さを知れるのはその場所まで泳ぎ着いた人だけ。木々の生い茂る森を見て、そこにある空気を吸い込めるのは森の中に入っていった人だけです。

目で見て、頭で考えて、想像して知っていることは日々増えていきます。でも実際の場所に立って、そこから見える風景を知っているのは、目標に辿り着いた人だけ。あそこへ行こうと思って、実際に足を運んだ人だけなのです。

一人ひとりの人生は違うから、今あなたが気持ちを寄せている人が誰なのかを知る術は、どこかにアップロードされていない限りありません。外の世界を二人並んで歩く以外に、誰も知ることはありません。写真や映像に残さない限りは、何十年か経った後に今の気持ちを知る方法もありません。

全ては時間の中に流れて、やがて消えていきます。一人ひとり異なる、こんなに貴重で面白い人生も、誰かに伝えた想いや言葉と一緒に消えていきます。

夕暮れに日は沈むけど、夜明けに星は消えるけど、太陽も星も宇宙のどこかで存在しているのに、人の気持ちは星よりも先に一瞬で消えてしまう。輝きを得る時間も無いまま。

だから人は、思い出を写真に残して、言葉や音を映像に残して、アルバムや映画を作るのかもしれません。一人ひとり異なる物語から、自分の生きた証を残したくて。街の本屋や図書館、美術館や映画館、建築物だって、街にあるひとつひとつが誰かの残した物語の証なのです。

あなたの見た風景を、誰かの表情を、今の気持ちを残してみませんか。10年、20年経った後に今日を思い出す時が来るかもしれません。未来のあなたは、どんな想いで今日を振り返るのでしょうか。