フィルム写真と旅する

地方に暮らす写真好きの日常

目に見えているものだけが現実じゃない

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目に見えているものだけが現実に起こっている全てだと信じて生きてきました。耳に聞こえる誰かの言葉と、肌に感じる温かさや冷たさ、足を進ませて実際に体験したことだけが本当のことだと信じて疑いませんでした。

ある意味それは全て正しくて、全て間違っていました。例え自分の心が熱いと感じても、実際に目や耳にしたものが頭の中を通り抜けても、目に見えて耳に聞こえるものだけが現実ではありませんでした。

写真をやっていて気づいたことがあります。それは目に見えている風景は世界の全てではないという事。ファインダーを覗いてピントを合わせてシャッターを切って、写真に写ったものだけが信じるべき全てではないという事。

写真を撮る前、撮りたい光景を目にする前の物語と、シャッターを切った後も物語は続いていくという事を教えてくれたのもまた写真でした。人が言葉を発する前、何かの行動を起こす前、誰かとのコミュニケーションを取る前と取った後。全ての物事にはその数の分だけ前後に流れる物語がありました。

一つ一つの物語は粒子のように川を流れて、或いは空気中を漂って、風のようにいつも私達の身の回りや体の中を通り抜けて行きました。一箇所に溜まった物語はやがて人の感情の波となって大きなエネルギーを生み出す事も私達は知っていました。まだ早い内に波を留めておくことも、手遅れにならない内に放出しておくことの大切さも知っていました。

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もう一つの現実は写真と写真の間。物事と物事の間。時と時の、人と人の間にありました。目には見えなくても日常の中に確かに流れていました。足を進めて遠くの場所へ行った先にも、いつも見ている風景や今暮らしている部屋の中にも存在するものでした。

誰も見たことのない世界へ行ってみたい、自分でも不思議な世界を作ってみたいと子供の頃から考えていました。頭の中にぼんやりとしたイメージはあったけど形に残せないまま大人になりました。写真を続けて、好きな事を続けて今やっと作りたかった世界を作ることが出来そうです。

学校の帰り道、夕暮れの空を見上げては空想した沢山の物語を実際に作る番です。僕達は目に見えない世界を作ってその物語の中で生きることが出来る。大きな括りで言えば芸術や文化と呼べるものなのかもしれません。

まだ始まったばかりの物語を、離れた場所にいる貴方も、もしかしたら身近な場所にいる貴方も、一緒に写真で紡いでみませんか。

そうして撮った写真を後からじっくり眺めると、写るものと写らないものの間にもうひとつの世界、目には見えなかったもうひとつの現実が奥行きを持って広がっている筈です。

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