フィルム写真と旅する

地方に暮らす写真好きの日常

旅をして必ず帰ってくる

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いつも必ず帰ってくる場所がある。何度も留守にするけれど、その度に必ず帰ってくる家がある。心からただいまを言える場所がある。

それは実際に体が戻ってくる場所かもしれないし、心が還る場所かもしれません。

外に出かけてしばらく戻らなくて、どこへ行ったのかと思えば連絡もなくて、心配はするけどきっとどこかで元気にやっている。そう信じられる。いつも帰ってこられる場所があるから、自信を持って外の世界へ羽ばたいていける。靴を履いてドアを開けることが出来る。

生きている限りはより輝いているといい。どこにいても、一人でも、誰かと一緒でも。ひとつの場所、安全な屋根の下でしばらくジッと過ごしていたなら、外に出たくなった時がそのタイミング、旅に出るタイミングです。

外に出たなら心を空っぽにして、頭の中を真っさらにして、今までの自分が辿ってきた道を振り返りながら、これまでに撮ってきた写真を振り返りながら、次はこういう事をしたい。こういう場所へ行きたいと想いを巡らせ始めます。

20年生きてきた人には20年分の、30年生きてきた人には30年分の材料が保存されています。備蓄を少しずつ口にしながら歩いていこう。初めての街を訪れる度、人に出会う度に新しい気づきが生まれて、旅は進みます。

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そうして歩みを進めた分、いつかどこかで必ず最初の家に戻りたくなります。辿ってきた足跡の確認をする為に。

100まで行ったら1度ゼロを覗こう。何もなかった頃の自分を。ひどい自分かもしれない。目を背けたくなる自分かもしれない。それでも見慣れたドアを開けてただいまを言おう。旅に出る前の私がそこにいるから。

必ず帰ってくる場所がある。それは昔の私に出会える場所。子供の頃に買ってもらった本が埃をかぶって、大人になって何十年かぶりに表紙を手にしてページをめくるような、懐かしい感覚と気恥ずかしさと共に。

何も知らなかったけど、本当に大切なことは全て知っていた。あの頃の私が真っ直ぐな目で、旅を終えて家に帰った現在の私を見つめています。

空っぽだった私に胸を張って会えるように。経験で体は燻んでも所々が輝いていればいい。ぼろぼろになった靴を履き替えればまた歩き出せるのです。