フィルム写真と旅する

地方に暮らす写真好きの日常

好きを形に、積み重ねる

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誰かの作った物語の中にいるような、書いてる途中の展開の読めない話の中にいるような。楽しくてフワフワ宙に浮いてる感覚ではなく、ジリジリと静かに足を踏みしめていく日々を送っています。

人の目を気にしなくても、自分の頭の中にあるものは現実に再現できないと思い込んでいたのかもしれません。

手を伸ばした先の、あと一歩、もう一歩を踏み込んで指先まで力いっぱいに伸ばせば届く地点があること、ようやく分かってきました。

自分の好きを形にする。言葉にしてしまえば簡単です。自分の作りたい世界は自分で作れるということを知って、実際に手を動かして足を運んで、小さな芽が見え始めるまで何年もかかりました。

今思えば、すぐに成果の分かるものを作ろうと思いませんでした。もっとよく分からない、心の中の霧の立ち込める森を歩いて、本来なら誰も掴めないものを掴んでみたかったのです。

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「理由は分からない。言葉に変換できないけど何かいい」

こだわりの感性の詰まった映画を観た後のような、エンドロールの後、座った席から足が動かなくて「すごかった」「面白かった」という気持ちが体の中を巡る時間。数日経った後に言葉や実感に生まれ変わるような。あの感覚。

「よく分からないけど何かいい」は形のある評価には繋がりません。でもまず最初はそこを目指す必要がありました。そうしないとスタートにも立てないから。

デジタル一眼のカメラを買って、しっかり写真をやってみようと撮り始めて10年。あの頃の自分へ、もう会うことの無くなった人達へ。

10年経った今も僕は相変わらず写真を撮り続けています。10年前には見えなかった景色や空気や光を、今ではほんの少しだけ見えるようになりました。

写真を撮って人に喜んでもらえることが増えて、長く続けて良かったと思います。

長く続けて良かったという気持ちは実際に続けていないと出てこないから、今心の中には経験として自分のオリジナルの時間、オリジナルの物語が流れているのだと思います。

ゼロが0.1に、1が2になった位の感覚。この小さなサイズ、この細やかさを踏み締めながら。

明日撮る写真も、明後日撮る写真も楽しみです。緩やかに変わっていきます。

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