安藤写真事務所

地方に暮らす写真好きの日常

同じような毎日の終わり

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朝起きて、仕事や学校に向かう時も、職場や教室にいる時も、心の中では別の場所の風景を見ている。耳の奥では別の場所の風の音を聴いている。

僕は一体どこにいるんだろう。今いる場所に現実味を感じないのだとしたら、本当はどこにいるべきなんだろう。心の中に見えている場所は、実際にどこかにあるのだろうか。

生まれ育った街にも、学校のある場所にも、仕事をしている場所にも、求めている風景は無かったように思います。人の集まる都会も、その郊外も、落ち着く場所には届きませんでした。

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部屋に籠って黙々と作業をしたり、映画を観たり、音楽を聴いたり、本を読んだり。外の空気を吸いたくなったら外へ出て、写真を撮りたくなったら遠出をしたり。

自分自身の内側と外側。部屋の中と扉の外。心の中の風景と、森や川や海の自然。暗がりと光。対となる二つの要素でのみ世界を認識していたのかもしれません。

心の中には無限に広がる世界があって、想像さえ出来ればどこまでも足を運べるのでした。実際は目にしたことのない風景も、心の中では行ったことがあるみたいに知っているのでした。

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図書館、映画館、街の中、自然の中にイメージの世界はありました。誰かの残した物語がいつも心の中にあって、映画や小説の登場人物も心の風景の中で動いているのでした。

実際に目に見えている世界よりも現実味があったのは、自分の内側に広がるイメージの世界だったのです。

内側の世界の存在を知って、長い月日が経ったから。心の目が見ているイメージを形に、少しずつ組み上げることが出来るようになりました。

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いつも見ていたイメージを、現実の世界に広げること。思えば写真を撮り始めた時からそれは始まっていたのかもしれません。外の世界を意識して文章をまとめるようになって、生み出せたことも沢山あります。

創造はいつも隣にある。動きはもっと密になり、縦と横と奥に広がっていく。気づかない位に静かに、貴方も染まり始めている。

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