安藤写真事務所

地方に暮らす写真好きの日常

心の帰る家

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いい写真をたくさん撮りたい。人に見てもらいたい写真も、自分の楽しみとしての写真も、被写体さんとの秘密にしておく写真も。

いい時間をたくさん過ごして写真に残したい。写真は手段であって、一番はいい時間をたくさん過ごす事。窓から光の入る日も、曇りの日も、雨の日も。

一人の日も、誰かと一緒の日も。人を作るのは今日までの思い出だから、気持ちのいい日も、気持ちのよくない日も。ああこんな日もあったなあと思えるように。

どんな日も宝物だったと思えたら最高です。人の間を時間は通り抜けていく。写真は時間を形に変える道具です。物語を記すための目であり、手段でもあります。

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どこに住んでいても帰ることの出来る家を作りました。初めはひとりの家でした。自分以外の誰も知らない、誰も入ることの出来ない家でした。

やがて人に知ってもらって、時々誰かが出入りする家になりました。自分以外の誰かのものも増えました。それは荷物ではなくて、ひとつひとつが素敵な置き物でした。

置き物の中身は、幾重にも輝く光から出来ていました。気持ちのいい純粋な光でした。子供の頃に見たことのある、見つけた時には心にしまっておきたくなる輝きでした。

長い間ひとりだった者には、時々眩しくもある光でした。どこかむず痒さを感じながらも、大切に日々磨いていました。

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夜に家に帰ってぼんやりしていると、やがて眠りの時間が来ます。僕はこの眠りの時間が好きでもあるし、やっぱり嫌いでもありました。眠ってしまうとすぐに次の朝がやって来るからです。

一日の時間のうち、夜家に帰ってぼんやりとする時間を冷凍保存して持っておきたい。つらいことや嫌なことがあれば保存したものを取り出して、好きなだけ家にいる時間に浸りたい。そう思っていました。

今もその気持ちは変わりません。家は逃げ場所であり、一番落ち着く場所であり、ものを作るための場所でもありました。

早く自分の家が欲しくて、それは実際に建てる家ではなくて、心の帰る家でした。

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ある日、仕事から帰っていると、ふと眺めた月がとても綺麗でした。

少し力を加えると折れてしまいそうな三日月が、華奢なバランスを保ったまま夜空に浮かんでいました。

「今日はとても月がきれいだったよ」と言葉で伝えるのと同じに、心に残った風景を絵に描いて見せ合えるような。絵の中に月を描いてもいいし、描かなくてもいい。

絵は写真かもしれないし、言葉は音楽かもしれない。気持ちを伝える方法は無限にあっていい。そんな家を作りたいのです。

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