安藤写真事務所

地方に暮らす写真好きの日常

僕たちはどこにも行かない

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比較的若い頃からインターネットに触れて、欲しいものはネットで探せば大体手に入って、面白い人達を見る事が出来て、自分で働いてお金を稼ぐようになって、会いたい人に会えるようになって。

着るものも食べるものも住むところもそれなりに揃っている僕たちには、えいっと踏ん張って遠くへ行く必要がありませんでした。

都会へ出たいとか、海外で住んでみたいとか。

そこにある人と自然

思いつく分のもの、探し出せる範囲のものは手に入るので、それ以上のものや体験を求めたくなった時、人の多く集まる場所はいいなあと思います。

でも引っ越して都会に住もうとは思いませんでした。なぜか...

きっと、美味しいご飯と新鮮な空気、好きな風景があって、好きな人達が周りにいるから、それ以上のものを求める必要が無かったのです。

離れたくない人と自然がある。とても恵まれているのだと思います。

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穏やかな風のように

必要としている分には十分で、生きていく上で大切なものは自然の中にありました。

水と空気の美味しい場所で、そこに暮らす人々の間には微かに、でもしっかりと必要な分の温かさやたくましさが備わっています。

海の波の音を聞けばいつの間にか心は晴れて、山から降りてくる風の流れに体は満たされて。静かに、いそいそとした時間をよそに、二つの目でしっかりと景色を見て、二つの足で佇むように生きてきました。

夕暮れの空を見上げながらゆっくりと呼吸をすれば、今日の全てとこれからやってくる夜の予感が肺を満たして、心を落ち着かせてくれる。

光はどこまでも透明で、時々は寂しさがやってくるけど、自然に囲まれた街で素のままに、穏やかな風のように生きるのはこの上ない幸せなのでした。

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きっといつか誰かに伝わる

やりたいことに真っ直ぐになると、自然に囲まれた、人の流れの少ない場所ではすぐに限界がやってきます。

頭の中にイメージがあるのに、心はこういうものを作りたいと揺れているのに、実際に動くことが出来ない、最初の取っ掛かりを見つけられない悔しさも何度も経験してきました。

動きたいのに動けないのは本当に辛いです。時間もお金も必要な分は揃えることが出来るのに、頭の中にあるイメージの世界は自分一人で作り上げることが難しい。

写真を撮るのが好きで、写真に残すのが好きなので、ファインダーの向こうに立って貰える人を欲していました。

やはり人の多い都会に行かないと難しいのかな。都会の方が撮影の機会も多いし、写真を見てもらえる機会もきっと多いだろうな...そう考えたこともありました。

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でも僕はやはり今住んでいる土地が好きです。自然と人の繋がりが生む空気と、世界のどこにも同じものが存在しない、透き通った風景が好きでした。

どこにも無いものが目の前に存在する。替えの効かない自然の風景。透明な光。ならばそれを撮ろうと決めました。

好きな場所で、好きな写真を撮り続けていれば、きっといつか誰かに伝わる。伝わって欲しい人達に。分かって貰える人達に。

自分の作ったものを必要としてくれる人が、いつかきっと現れると信じて、作り続けようと決めたのでした。

僕たちはどこにも行く必要がない

好きな服を着て、外へ出かけて、会いたい人と、楽しい人と。食べ物と空気の美味しい場所を散歩して、写真を撮って、家に帰っていく。

楽しい時間は過ぎてしまえば一瞬だけど、写真は一日の全てを憶えているから、僕たちは安心して時を過ごすことが出来ます。

人の流れの多い場所へ行かなくても、海の向こうの遠い場所へ行かなくても。心を満たし、作りたい気持ちを満たすものはここにありました。

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生まれた時から、もしかしたら命の消えるその時まで。いつもは見えないかもしれないけど、今日まで気がつかなかったかもしれないけど、すぐ隣にいます。

遠くへ行っても憶えています。どこへも行く必要の無かった日々のこと。

何も無い場所には全てがあって、真っ白な箱のような、透明な容れ物に自分の好きを積み重ねて、今日もここにいるのです。

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